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Seductressのお話 [異文化交流]

世にCasanovaとかDon Juanとかの話は聞くことがあるが、
その女性版seductressの話の現状はどうなのだろうか?
ひょっとしたら、映画の題だっただろうか?
Femme fatalという名前をどこかで聞いた記憶がある。
彼女らはいったいどんな風に男を誘惑するのだろうか?
その種の経験なき故、その話の展開にはかなりの困難を伴う。
これは、あくまでも想像上の創られたお話。
お話の為のお話であることを前もって断っておこう。

男が女を落とそうとする場合、
その男のその時のやり方も千差万別なら、
目標となる相手によっても、その口説くときの状況にも、
またそれを実行するときの本人の年代によっても、
それこそ色々だろう。
広く共通する部分に関する一定の法則は成り立っても、
それはあくまでも全体の一部。
各々の場合に即した柔軟性と、当意即妙の戦術も必要なのかも。
知ればその道の奥深さに気付かされる。

もしその大前提 - 相手のこちらに向けられた関心がなければ、
その関心を得ることから始めよう。
関心を得るためには、まずは相手にアピールしよう。
では具体的にどのように訴えかけるのか。
それも場合による。
相手の気持ちをそそのかすセリフも必要なら、
体のしぐさなど、非言語で表すセリフを活用する術も必要。
「目はものを言う」と言われるように、
目で伝えるというのも有効な手段。
あの手この手で訴えかけてみて、
その反応を見る必要がある。
そういう意味では、根本の部分においては、
やはりseductressの行為も、口から発せられる言語も、
seducerのそれとなんらかの類似性を持つものだろうと想像される。
はたして彼女らは一体どんな振りをして攻撃を加えて来るのだろうか?
seducerのやり方が分かりやすい目に見える戦闘機ならば、
seductressのそれはstealth fighterだろうか?

すべての結果には必ずその原因があるように、
まずはその種の話が生まれるのには、
それを生み落す素地が必要となる。
男であろうが女であろうが、対象はすべての異性ではなく、
対象となり得る条件を具備した相手のみになる。
Seductressと言えば、いわば、ちょっと悪のイメージが付きまとうかも。
でも本人にはそんな悪意などはない筈だ。
ちょっと遊びたいだけなのである。
その行為は、本人には極自然な行為なのである。
男の目には、ちょっとその積極性が目につくだけなのである。
自分としては、そのseductressが自分の好みに合う限りにおいては、
その対象に是非選ばれたいもの。
こちらから行動を起こす場合は、それなりにエネルギーが必要とされるが、
向こうから来る場合は、そのエネルギーはそれ程必要ではない。
ただ受けて立てばいいのである。

日本の一般的事例では、最初からいきなり向こうから声がかかる訳ではないだろう。
そう、最初の第一歩は、かすかに何らかのその兆候を表す仕草なり目による攻撃が多い。
言葉にはよらない、言葉以外の方法で、何かを訴えかける様子が伝わってくるはずだ。
少なくとも、その目はわかるようにこちらに投げかけられているはず。
Eye contactが2秒以上続けば、その理由がそこに存在する。
3秒続けばもう間違いなし。

例えば、毎日同じ時刻に同じ所で、同じように出くわす場合は、要注意だ。
口でこそ何も言わなくても、中には例外的にもろに行動に出てくる攻撃もある。
例えば、列車が出たその直後、プラットフォームには他に誰もいない状況で、
ベンチに腰を掛けると、いきなり横に座ってくる場合などは正にその頂点。
長いベンチで、端から端までいっぱい空いているのに、
どうしてわざわざ真横に座りに来るのか。
理由がなければだれもそんな行為には及ばない。
あたかも偶然を装う場合だって多々ある。
そこの席が、たまたま空いていたためにその所に座ったという場合も、
それが何度も繰り返して続くと要注意だ。
真横に座った瞬間、いきなり寝たふりをして、
もたれてくる場合もかなり作為的だ。
その意思があることまるわかり、いやいや、
それが相手に伝わるようにわざとやっているのだ。
いずれの場合も、先方からの言葉による攻撃はない。
反対に、言葉をかけてもらいたい状況を演出しているのだ。

前述の事例は、日本女性の場合の具体例。 
アメリカ人など西洋人の場合はちょっと違う。
その状況にもよるが、向こうからいきなり気軽に声をかけてくる。
一般の日本人女性の場合と違って、物怖じしないというか、
あっけらかんというか、自分から声をかけることに抵抗はまったくない様子。
あれは、多分、国民性というか民族性なのだろう。

一旦言葉を交わしてしまえば、あとは事が簡単に前に進む。
結果はお互いに興味を持てるか持てないかのみ、その一点に尽きる。
だから、必然性のある場合は、物事はとても簡単。
それに反して、その必然性に欠ける場合のみが、ちょっと厄介。
多少の技巧がいるようだ。
偶然でもないのに、あたかも偶然であるかのように見せる技巧が。
その具体例は、そうそう、昔の映画「ローマの休日」の中でも出てきた。
スペイン階段で、オードリー・ヘップバーンがアイスクリームを食べている所に、
グレゴリー・ペックが何食わぬ顔で、あたかも偶然出会ったかのごとく振る舞う。
その「ワザとなのに、偶然のように見せかける」とは「accidentally on purpose」。
昔はわざとハンカチを落とすとか、そんな例があったような。
いやはや。

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