SSブログ
Visit my YouTube: https://www.youtube.com/user/NickEcrivain

歴史の中の日本人 [歴史事実]

日本人は、歴史的に、人種や宗教による過酷な迫害を
一部の例外を除いて殆ど受けたことがない。
世界標準から見れば、極めて幸福な人種だ。
人種に関しては、日本人は実力で、
その種の差別を撥ね返してきた。

日露戦争の頃、当時のロシア皇帝は、
日本人のことを「マカーキー」と呼んでいたらしい。
その意味は「猿」とのこと。
彼等にとっては、日本人は人間ではなかった。
たかだか一世紀前までは、そんな時代だったという事を、
現代の我々の意識の中ではあまり認識されていない。
海外に行く機会など、一般の日本人にはなかった時代には、
歴史の書物などでも読まない限り、
そんな海外の事情など知るすべもなかった。
だから,我々の祖先が血と命を代償にして築いた遺産を、
自明のものとして受け取っていながら、
あえてその事実を認識するすべがないから、
そのことに感謝することも知らない。

先の大戦は、その明らかな国力の差異など、
背景の客観的事実関係を知る者には、
その実行は無謀そのものであったことは明白。
なのに、その無謀を承知の上で、
あえて戦争に突入せざるを得なかったことには訳がある。
それは、米英が日本に対してかけて来る、不当で理不尽な圧力。
気骨ある誇り高き日本人にとって、
それらの圧力を撥ね返すために抵抗するのは、当たり前のことだった。

第一次大戦後のベルサイユ講和会議で、
日本は「人種平等規約」を国際連盟に提案した。 1919年のことだ。
その提案がいかなる経緯で否決されたか。
今日では当たり前の「あらゆる人種は平等で、
人は人種によって差別されない」という事が、
当時の時代では、まったくそうでなかった。
議長国アメリカのウイルソン大統領によって、
従来の採決のルール「多数決」をあえて捻じ曲げてでも、
その提案が葬り去られた。
それまでは、そんな「全会一致」のルールはなく、
我が国代表の抗議にもかかわらず、
否決という結果を覆すことはできなかった。

それには、当時の時代、アメリカにその否決を必要とする背景があった。
当時のアメリカには、アジア人や黒人と、白人との間に
深刻な人種対立を抱えていた。
アメリカは、その日本の「人種平等規約」の可決が、
アメリカ国内に大きな影響を及ぼすことを恐れた。
当時のアメリカのワシントンでは、バスや電車、学校、公共施設、トイレなど、
白人と有色人種は完全に二つに分けられていたという。
そんな光景が当たり前であった時代があったそうな。

日本人はその時「実力がなければ、正義は実現しない」という事を、
国際社会から教えられたという。
欧米が「力の信奉者」だったから、日本も軍事力強化をするようになった。
その時代の教訓を、戦後洗脳された現代の日本人は忘れてしまっている。

昭和天皇が、大東亜戦争の原因として、
「日本の主張した人種平等案が列国の容認する処とならず、
黄白の差別感は依然残存し加州移民拒否の如きは、
日本国民を憤慨させるに十分なものである」(昭和天皇独白録)
と述べられたとある。

日本人の意識の中に「人種」という要素が希薄だと言われる。
周りは皆日本人だから、そんな意識を持つ機会がない。
現実に、日本国内の生活において、人種を意識する機会は殆どない。
海外に出かけて行って、その時初めて自分が黄色人種であることを
気付かされる。 だから、日本人は人種音痴みたいなもの。

大東亜戦争の大義
あの戦争には、日本人なりに「東亜解放」という大義があった。
それを理解し、共に戦った人々が、日本人「以外にも」沢山いたことを、
まるでなかったことにしてはいけない。
開戦当時、日本軍が「侵攻地域」の多くで、「歓迎された」事は事実。
今村均中将の回顧録には、インドネシアでの戦闘について、
「地元の住民は歓声を上げて、上陸する日本兵に手を貸し、
オランダ軍の築いたバリケードを取り除いて、
日本軍の前進を助けてくれた」という記述があるそうな。
各地で白人列強による「植民地支配からの解放者」として
迎えられたことは、クリストファー・ソーンら日本に批判的な
英米の戦史家も認めているとのこと。
それが大東亜戦争の目的であったかどうかは別として、
それまで植民地に甘んじていたアジアの国々を、
白人列強から解放し、独立に貢献したという明白な事実がある。

歴史上の客観的事実を知れば知るほど、日本人の偉大さが分かってくる。
歴史上の事実を知らないと、中国など一部の国の主張による、不幸な
「侵略された」と非難される戦争が、あたかもそれまでの日本の戦争の
すべてで全体像であったかのような、誤った認識が間違って醸成されかねない。
いずれの国の戦争も、勝者敗者の両方に、悲惨な不幸は付きもの。
勝っても負けても地獄そのもの。
だから、避け得ないその種の不幸に、日本だけが単独に
非難されるべきものではない。
アジア人に対する、白人による「人種差別」からの解放という、
その崇高な日本の目的を、理解してもらえる人々には共感を得られると信じる。
一部の人々や一部の偏った報道機関により、一部の汚点だけが,
いびつにも拡大視され、その事だけに集中して片務的に声高に叫ばれると、
本当の姿の全体像を歪めたものにしてしまう。
事の本質は意図的に曲げられてはならない。

黄色人種の日本人が、白色人種のアメリカやイギリスやオランダの軍を、
打ちのめす姿を目の当たりに、他のアジア人に見せつけたことは、
彼らが持っていた長年の白人に対する卑屈な気持ちを一掃する事に役立った。
日本軍の功績は、他のアジア人の意識改革に貢献した。
結局は、日本は戦争に負けたけれど、白人人種への日本人による、
強力な巻き返しによって、その「アジア諸民族の解放」の実績を、
世界に見せつけることによって、立派に戦争目的を達成したと言うこともできる。



nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。